1970年代 流行したおもちゃ/年代流行
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1970年 笑い袋
布製の巾着袋の中に乾電池で駆動する分厚い将棋の駒の形をした小型のレコードプレーヤーが入っており、本体に1つだけある大きなボタンを押すといつでもどこでも延々と笑い声入りのレコードが演奏される。1969年にアメリカでレコードプレーヤーを袋に入れて売り出したところ大ヒットし、翌年日本でも発売されて流行した。
1970年 トミカ
1970年(昭和45年)からタカラトミー(旧・トミー)のTOMYブランドより販売されている車玩具。
老若男女ともに愛されスーパーカーブームのおとずれとともに大ヒットとなった。
殆どの車種に、可動アクションと、車軸のピアノ線を用いた擬似的なサスペンションが設けられていることが大きな特徴。
当初は国産車のみだったが1976年に外国車シリーズが追加。
1970年 手芸セット
1糸を5本のくいに掛けて、地道に針金のような棒で、架け替えていくと、編みあがったリリアンが長く出来上がっていくというもの。とってもお手軽&カンタンに組みヒモをつくっていくことのでき編み物気分が味わえた。
1970年 昆虫採集セット
12色の絵の具セットぐらいのケースに注射器や虫眼鏡、ピンセット、虫ピン、そして緑か青に着色された防腐剤とと赤い殺虫剤が入っていた。何だか恐ろしいものが入っているようだけど、実は染料が違うだけで、この防腐剤と殺虫剤の正体はメタノールが3パーセント程度入ったただの水だった。
1971年 アメリカン・クラッカー
1971年3月上旬、アサヒ玩具が「アメリカで大流行のおもちゃ」として発売したのがきっかけでヒット商品となった。プラスチック製の2つのボールをリズムをとって「カチカチ」とぶつけて遊び、「カチカチボール」とも呼ばれた。
1972年 変身サイボーグ1号
タカラが1972年に発売した男児向けの12インチサイズの着せ替え人形・アクションフィギュア。それまで販売されていたニューGIジョーシリーズの素体を透明化し、内部にメカを内蔵した、鮮烈とも言える全く新しいフィギュアである。変身セット等の衣装は単品販売された。素体&スーツ同梱だったため高価で、子供たちが各ヒーローをコンプリートするにはかなり困難だった。
1973年 オセロ
1973年に日本の長谷川五郎が現在のオセロのパッケージを発表。
2人用のボードゲームで交互に盤面へ石を打ち相手の石を挟むと自分の石の色に変わる。最終的に石の多い側が勝者となる。
「ファミリー向けじゃなくて大人向けにやりましょう」ということでタバコとライターを置いたパッケージになっている。
1973年 ソフトグライダー
ゴム動力もないのに驚くほどよく飛び、たちまち飛行機玩具の代名詞となる。
実機をモデルにフルカラーで彩色、デザインも画期的だった。
主に駄菓子屋で発売されていて子供たちが気軽に買えたのでヒットになった。
1974年 ゲイラカイト
1974年の7月から発売したゲイラカイトは、同年11月に大坂から全国に広がるブームとなり、日本中の子供たちを夢中にした。NASAの科学者の設計によるゲイラカイトは誰でも簡単に揚がり、大きな目のデザインもインパクトがあった。
発売から3年間で約900万枚を販売し、戦後、フラフープ、抱っこちゃんに並ぶ大ヒットとなった。
1974年 ローラースルーGOGO
プラスチックの車輪にソリッドラバータイヤを着けており、ブレーキレバーを握ると後輪のタイヤ表面に鉄のパッドを押し当てて制動する。
商品名の「ローラースルー」は「通り抜ける」の意味を込められた造語であり、「GOGO」は軽快な乗り心地、当時流行のゴーゴーダンス、5,500円の本体価格(「五」が二つ)に因んで付けられている。
最盛期には月産10万台のヒット商品となり、1974年の発売以来100万台が生産された。
1974年 モンチッチ
東京都葛飾区の人形メーカー・株式会社セキグチによって製造・販売されている猿の人形。
顔と手、足の部分は人形(ビニール)で、胴体はぬいぐるみである。
「モンチッチ」のネーミングの由来は、「モン」(私の)と「プチ」(小さく可愛いもの)を合わせた「私の可愛いもの」。
男の子のモンチッチくんと、女の子のモンチッチちゃんの2人から成る。
1975年 モーラー
モーラーとは増田屋コーポレーションが1975年に発売した玩具。
本体はオレンジ色のモール製で全長235mm、二つの目と尖った鼻を有する。 鼻の先にはテグスが結びつけられていて、このテグスを引っ張ることでモーラーをまるで生きているかのごとく自在に操ることができる。
発売直後に爆発的なヒットとなり、初年度に200万個を売り上げた。
1977年 スーパーカー消しゴム
玩具メーカーのコスモスが「はずれ商品」として自社の自動販売機(20円程度のカプセル式ガチャガチャ)で販売し一大ブームとなった。
消しゴムを自動車の形に成型したもので名称は「消しゴム」であるが、字を消す道具としてはあまり使えない。大きさは全長3cm程度でカラフル。
ボールペンやシャープペンシルのノック機構を利用して弾き、机の上から落としあう「相撲形式」や、床の上で到達順位を競う「レース形式」などがあり、ボールペンでは三菱鉛筆製のBOXYが平面の部分を机に密着できる点で重宝された。
1977年 カプセルトイ
小型の玩具をカプセル型の手動式自動販売機(カプセルトイの一種・当時の俗称では「ガチャガチャ」ないし「ガシャガシャ」)を通じて販売。
何が当たるかわからないドキドキ感とバリエーション豊富な中身で現在も人気である。
1977年 こえだちゃんと木のおうち
ケナー社から1970年頃に発売された「Family Tree House」を日本用のキャラクターにアレンジした物をタカラトミーが1977年に発売開始した。
木のてっぺんを押すと葉っぱの屋根が開き、部屋が出現する仕組みとなっている。横のダイヤルはエレベーターが上下する仕組みである。付属している人形は、こえだちゃんとみきちゃん。
1977年 おえかき「せんせい」
タカラトミーより1977年に発売されたお絵かきボード。磁気ボード(ハニカムスクリーン)にマグネットペンで絵や文字を描くことができ、レバーを左右にスライドするだけで消すことができる。新しいもの好きの子供たちと、子供の落書きに悩んでいたお母さん方の両方から歓迎され、ピーク時には年間70万台以上を販売した。
1978年 スライム
ツクダオリジナル(現 メガハウス第4事業部)が米マテル社製玩具のスライム状の物質を日本で発売した。
小さいポリバケツに入った緑色の半固形の物体で、手にべとつかない程度の適度な粘性と冷たく湿った触感がある。触って遊ぶためだけの玩具であったが、それまでにない新鮮な感覚をもたらしたため大ヒットした。
1979年 インベーダーゲーム
株式会社タイトーが1978年に発売したアーケードゲーム。これを初めとする同社の後継製品、他社製の類似商品・模倣品を総称してインベーダーゲームと呼ぶ。
画面上方から迫り来るインベーダー(敵キャラクター)を移動砲台の自機で撃ち、全滅させることを目的とするシューティングゲーム。
喫茶店やスナックのテーブルの多くがインベーダーゲーム用のテーブルに変わった。
1979年 くるくるてれび
株式会社ポピーが1979年に発売した簡易映像再生機。専用のカートリッジ(カセット)をセットすればいつでもどこでも映像体験ができる。ムービーの長さは2~3分程度でウルトラマン・仮面ライダー・戦隊ヒーローなどの特撮ものやロボットアニメなどのダイジェストが収められている。本体価格は当時2000~2500円で別売りのカセットが700~800円であった。