1950年代 ヒット商品(食品)/年代流行
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1951年 バヤリースオレンジ
1951年からアサヒ飲料(アサヒビール子会社)から発売されていて、今では同社のロングセラー商品になっている。
翌1952年から日本人向けに全国販売が開始されるとたちまちヒット商品となりジュースブームが起こる。
果汁20%、オレンジ・みかん混合。
1951年 ミルキー
不二家が1951年(昭和26年)から発売しているキャンデー。
北海道産の牛乳を使ったミルク味でのソフトキャンデーで、「ミルキーはママの味」というキャッチフレーズと、パッケージに大きくプリントされたペコちゃんの絵が特徴である。ペコちゃんはもともとは本商品のみのキャラクターだったが、後に不二家全体のマスコットキャラクターとなった。
1952年 永谷園お茶づけ海苔
1952年に永谷園から「永谷園のお茶づけ海苔」(当初は「江戸風味お茶づけ海苔」、発売の翌年に永谷園が設立された)が最初に発売。
発売当初は当時としては割高な価格もあり苦戦したものの、地道なセールスにより売り上げを伸ばしやがてヒット商品となった。
基本となっている内容物は海苔、あられ、抹茶塩で、種類により鮭、野沢菜、梅干しなどをフリーズドライ加工したものが入れられている。
1954年 不二家パラソルチョコレート
1954年に不二家から発売された傘の形をしたチョコレート。当時としては画期的な形をしていた。
現在もなおロングセラー商品である。
1955年 ランチクラッカー
前田製菓株式会社が1955年に発売した四角形のビスケット。
“俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー!”というフレーズを発しながらカメラに差し出すコマーシャルで人気商品となった。
1957年 コカ・コーラ
日本飲料工業株式会社が1957年(昭和32年)から日本向けのコカコーラの製造を開始した。
翌1958年日本飲料工業株式会社から日本コカ・コーラ株式会社に社名変更。
1957年 明治ミルクチョコレートデラックス
明治ミルクチョコレートは、株式会社 明治(旧:明治製菓)が販売しているチョコレートブランド。
1926年から発売されているが1957年に従来より厚めのデラックスが発売された。
1957年 プラッシー
プラッシーは、ハウスウェルネスフーズが販売しているオレンジ果汁入り飲料である。現在の販売者の前身である武田食品工業によって、1957年(昭和32年)に発売された。
みかん果汁入り飲料にビタミンCをプラスしたことから、それに引っ掛けて「プラッシー」と命名された。
1958年 日清チキンラーメン
日清食品創業者の安藤百福が終戦直後の大阪・梅田の闇市でラーメン屋台に並ぶ行列を見て、「もっと手軽にラーメンを」と開発した。
1958年に誕生した初代チキンラーメンは85グラム入り35円で販売された。
チキンラーメンの発売により「ラーメン」という呼び名が全国的に広まった。
パッケージには卵形の透明なのぞき窓があり、お客さまから中身が見えるように工夫されていた。
1959年 ベビーラーメン
1959年におやつカンパニーが「ベビーラーメン」を発売。当時の価格は5円。
1971年に子供向けスナック菓子で一番(スター)になりたいという想いを込め「ベビースターラーメン」に名称変更すると同時に、価格を20円に変更した。